周辺観光案内
渡月亭周辺の観光案内です。
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天下の名勝として名高い嵐山の山々は、春は桜、夏は緑、秋は紅葉に、冬は雪景色と十二単の裾を引いたような美しさを余すことなく楽しませてくれる。
四季折々の美しさを映す大井川の三船祭ともみじ祭は、京文化千年の歴史の発祥地にふさわしく優雅な大宮人の絵巻模様を再現してくれる。
夏の水面をかがり火で赤く染め、船べりを叩くかいの音が山々にこだまする鵜飼は嵐山ならではの風情。夕闇せまる松林の彼方から寺々の鐘の音が瀬音とともに強く弱く渡月橋を渡る。
移り変わる世相の中で風情と歴史を残し、いつまでも私たちに安らぎをを与えてくれる嵐山は嵯峨野、清滝、高雄への唯一の基点でもある。
臨済宗天龍寺派の大本山で暦応2年(1339)に足利尊氏が後醍醐天皇の冥福を祈るため、夢窓国師を開山して創建した。この寺で有名なのは夢窓国師作の天龍寺庭園(特別名勝)で、亀山と嵐山を借景した池泉回遊式で、南北朝時代の代表的名園といわれている。
【重要文化財】木造釈迦如来像、絹本夢窓国師像、応永鈞命図。
天照大神を祀る旧村社で、昔、未婚の皇女が伊勢神宮の斎宮に選ばれると、伊勢に逝くに先だって潔斎のため1年間こもられた斎の跡と謂われている。境内に源氏物語などに描かれた黒木の鳥居や小柴垣があり、往時の野宮をしのばせる。
紅葉の名所小倉山の中腹にある。後亀山天皇の小倉殿跡に文禄年間本圀寺の究竟院日禎が隠退した所と伝える。多宝塔(重文)は三間二層の槍皮茸で寺の背後にある。境内に藤原定家の歌仙祠があり、寺宝に小督局の遺品という車琴がある。
芭蕉の弟子向井去来の住んでいた所で、文禄4年(1691)4月に俳聖芭蕉がここに訪れ嵯峨日記を書いたといわれ柿の古木に囲まれたひなびた建物であるが後世のもの。庭の隅には「柿ぬしや木ずえは近きあらしやま。去来」と刻んだ句碑があり、背後の竹薮の中に去来の墓がある。小さな自然石に去来の二字を刻んだもの。嵯峨野の中心地である。


