お料理

渡月亭のお客様へのおもてなしは一期一会の思い

「なぜか、落ち着くのです。」弊亭に毎年来られるお客様がおっしゃった言葉です。長きにわたり都として歴史と文化を育んできた京都。その京都の旅館には近年日本人さえも忘れつつある、日本人の心と文化が時を越えて伝えられています。

玄関を掃き清め、打ち水をする。花を生ける。部屋を設える。掛け軸は曲がっていないか、お迎えの準備は整っているか。

かつては、自宅に来客をお招きする時、当たり前であった光景。弊亭ではそのおもてなしの心を、受け継がれた想いを、今に残しています。ご宿泊のご夕食・ご朝食はお客様のお部屋にて。温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに係がお運び致します。お料理は弊亭自慢の板場が季節の食材を大切に丹念に、自信と真心込めて創る京会席。四季に移ろいがあるように、料理にもまた物語があります。

我が家に大切な人をお迎えする。そして、小さな感動をおみやげにお帰りいただけるよう日々精進いたしております。

生け花イメージ 打ち水イメージ お出迎えイメージ 調理イメージ 調理イメージ 配膳イメージ

季節の食材を大切に丹念に、経験を重ねた料理人が自身と真心込めて創る伝統の京会席料理

会席料理のこと

会席料理のはじまりは平安時代の初期に起った「神?」(神に供える食物や飲物)と言われている。源氏物語「賢木の巻」に「かすかに輝く火影は日々の神?を調ずる火炊き屋のかまどの明りであろう」と言う一文がある。高貴な人や客人に出す非日常的な料理を神?と言い、火炊屋とは調理人のことであろう。平安時代の中頃、料理を作る上で、ひとつの約束ごとができた。この時代、美に対する意識は高く、京都の「池坊華道会」の創業は今から一四〇〇年程前、平安時代からさかのぼること二百数十年前、飛鳥時代の終りの頃で、すでにお花とお茶を享受していた。また、中国との交易も盛んになってきた時代で、その影響を多分に受けながら会席料理の定儀「五味・五色・五法」が完成したものと思われる。


五味とは、五つの味、甘い・辛い・しょっぱい・にがい・すっぱい 五色とは、赤・黄・青・白・黒(食材でこの色合いがない時は器や敷紙などで代用) 五法とは、生で食す・焼いて食す・煮て食す・蒸して食す・揚げて食す

会席料理はこの五品であったが、江戸時代の中頃、武士に変って商人達が力をつけ始めた。商人達は接待や、会合で「もっと良いものを出せ 金に糸目はつけない」などと言ったようだ。料理屋は五品の分量を減らし、先付・前菜・御凌ぎ・水物など九~十品にしたものが現在まで受けつがれている。

料理長イメージ
料理長イメージ

余談ながら料理のことを「御馳走(ごちそう)」とも言う。文字を分解すると、馬に乗り地を走るとある。すなわち料理とは、食材を集めると言うことなのでしょう。食材は「先取り・旬・名残り」と物語になっている。やがておとずれる季節を食材や花で表現する、旬は今が盛りで最も味の良い時期の食材、名残りは、過ぎ去る季節を惜しむもの「名残り鮎の○○」「名残り松茸の○○」などと使う。この「名残り」と言う言葉には趣があるので良く使われ、狂言の世界でも役者がこの舞台を最後に引退する時「名残り狂言」などと演目の頭につけることがある。

京料理と言うが、特別なものでなく、大阪の料理・江戸の料理との対比のなかでごく自然についた呼称であるが、日本の文化の中心であった京都で育った料理が結果として日本を代表するものとして継承されている。京料理の特長である「うす味」は素材そのものの味や、色合いをそこなわない味付にとどめているからだ。人参は、人参の色合いと味を、大根は、大根そのものの味と白さを残すと言うことである。これは華道や茶道に通じる美意識の表われでありましょう。

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嵐山の豆腐の名店「森嘉」の湯豆腐がついた、
弊亭自慢の品数が豊富な朝食。
ふだんは朝はあまり召し上がれない、という方も
しっかりいただけると人気の弊亭の朝ごはん。